パンダの気持ち

 昨日テレビで観たんだけど――知ってた? パンダって年一回しか発情しないんだって。「うぉー、発情期、来た来たーッ! セックスしてぇーッ!」って時はさ、子孫を残すために、たまたま近くを通りかかったヤツとヤるしかないんだよ。愛情育んでるヒマなんてないよね。ってか、相手がいただけでラッキーってところだろうな。パンダに言わせりゃ、ラブ? ナニソレ? だよ、きっと。
 シャケに至っては、聞くも涙、語るも涙だ。生涯にたった一回のセックスするために、身体ボロボロにして川さかのぼって、「やったー、ついに童貞喪失ーッ!」……って直後に死んじゃうんだぜ? だから俺は、一生イクラを食わないって決めてるんだ。

 それに比べて、人間ってとんだセックス・アニマルだよな。年がら年中、それこそ四六時中発情できちゃう無節操な哺乳類は、俺たち人間だけ。パンダの番組観ながら、俺は思わず叫んだね。「パンダって、なんて奥床しい動物なんだッ!」……ってさ。パンダが可愛いのは、その奥床しさゆえじゃないかなって、俺はしみじみ思うんだよ。

 食物連鎖の頂点にいるってだけで、俺たちだって動物なんだよ。……その自覚ある? ホモ・サピエンスってのは”知性人”とかって意味らしいけど、俺に言わせりゃ”ち”の字が違うよ。痴漢の”ち”で十分じゃないかな。俺がパンダだったら、「お前ら一年中気持ちいいことしやがって!」って、人間片っ端からグーで殴るね。パンダにグーが出来るかどうかは知らないけど。

 俺は、愛だの恋だのってやつが大嫌い。だってさ、ただ発情するのに、地球上で俺の相手はコイツだけーってのがそもそも勘違いだよな。そんなの一時の幻想だよ、絶対。
 その証拠に……ホラ、例の経理の二人。社内で悪目立ちするくらいイチャイチャしちゃってさ、あれで本人たちは隠れて社内恋愛してるつもりだったらしいから笑っちゃうよね。中出し上等、大盛り上がりでデキちゃった婚――それがたったの二ヶ月で破局だぜ?

 俺の両親なんてもっと悲惨だよ。ホステスだったお袋を、金持ちの御曹司だった親父が見初めて――お袋は俺とほとんど同じ顔だから、想像できるだろ? 当時、銀座で遊んでたヤツで、お袋を知らないのはモグリって言われてたくらい評判だったらしいよ――って俺が言うのもなんだけどさ。
 育ちが違うっていうんで、親父の両親に結婚を猛反対された挙句、手に手を取って逃避行、すぐに俺が産まれて……こういうのって、もはや様式美だよね。先、想像できるだろ? よくあるパターンってやつ。

 親父も、最初の三年くらいは慣れない力仕事とかしちゃって、それなりに貧乏生活を楽しんだらしい。けど、所詮は金持ちのボンボンだったんだよね。人に頭を下げるのが嫌で、そのうち働かなくなって、生活に困ったお袋は、また水商売初めて。銀座の元ナンバーワンが、地方のうらぶれたスナック勤めだよ。

 明け方にさ、ベロベロに酔っ払って帰って来るわけ。青いトタン屋根の、当時でも珍しいおんぼろ平屋に住んでたから、ギギーって扉の開く音で目が覚めちゃうんだ。俺は良く出来たガキだったから、玄関で酔い潰れたお袋に、冷水で満たしたコップを運ぶのが日課になってた。今でも良く覚えてる――水玉と、エンジェルフィッシュのプリントされた安っぽいコップ。それをお袋に渡すと、必ずこう言われた。
 「ユウちゃん、愛なんて幻想よ。男なんて、本当に最低」
 ――それを息子の俺に言うかよって話だよな。でもまぁ、分からなくないよ。とにかく可哀相な女だったんだ。

 その頃には親父、もう一緒に住んでなかったんだよね。金が無くなると、フラーッと家に帰って来て、所謂ヒモ状態。渡す金が無いときは、俺とお袋を殴る蹴るの大暴れ。前髪に隠れて目立たないけど――これ、分かる? 八針縫ったんだ。
 外にオンナ作ってガキ作って、ついでに借金まで作って、収拾付かなくなって。結局、親父は実家に泣きついたんだ。駆け落ちから十年、俺が九歳のとき、めでたく離婚――じゃないな、入籍すらしてなかったんだから。顔を合わせるたび口汚くお互いを罵り合ってた二人だったんだから、それでも続いたほうだよね。

 ジジババ孫欲しさに、俺の取り合いになったらしいんだけど、お袋は頑として譲らなかった。相手は金持ちなんだから慰謝料ふんだくりゃいいのに、お袋はヘンに強情なところがあってさ、慰謝料を放棄する代わりに、子供を取らないでって掛け合ったらしいんだ。で、親父が他所に作った二号の娘にお鉢がまわって――そうだ、そういや俺には妹がいたんだっけ。今、思い出したよ!……ま、一生顔見ることすらないだろうけど。

 脚色一切無し。不幸自慢なんてダサいけど、本当のことなんだよ。貧乏したおかげで、俺は高校三年間、脂ぎったオヤジどもに身体を売る羽目に陥ったんだから。
 あの頃はなんだか妙に向学心旺盛で、もの凄く大学に行きたかったんだよね。だから金を稼ぐのに手段なんて選ばなかったよ。参考書買うのに苦労しない奴にはわかんないだろうなぁ、貧乏人の向学心。

 そんな感じで、俺はすっかりお袋に洗脳されちゃって、愛情なんて幻想でしかないと信じ切ってるわけ。だからさ、イチャついてるカップル見ると、闇雲に腹が立つんだ。
 大学二、三年の頃が一番酷くって、ほとんど病気だった。二年のとき、お袋が肝臓やられて死んだんだけど、それでスイッチが入っちゃったのかな。
 俺みたいな苦学生と違って、フツーの大学生って勉強もせずに遊びまわってるだろ? 所構わずサカりやがって、気分は毎日オッサンだよ。構内でベタベタしてる間抜け面のヤツらに、学生の本分は勉学だろって、よっぽど説教して回ろうかと……本当に何度思ったことか。

 俺は金は無かったけど、女にもてた。そっち系の男にも。オヤジ相手に売春なんかしてたんだから、そういう匂いが染み付いちゃってたのかもね。
 誤解しないで欲しいんだけど、その道どっぷりってほどじゃないんだぜ。実際、学費稼いだらスッパリ止めて、時給九百円のコンビニで必死に生活費稼いでたんだから。

 それとね、愛情ついでに友情も信じてないから、俺。興味の無い単位は親切なヤツに代返やレポートを頼む、腹が減ったら金持ちつかまえて奢ってもらう、タマったら適当な相手に処理してもらう――とにかく、面倒くさそうなことは全部他人にやってもらって、俺はしっかりバイトと勉強に励んでた。
 一流企業のエリートサラリーマンに憧れてたから、なんとしてもいい成績で卒業したかったんだよね。サラリーマンに憧れるなんて、夢のない奴って言うかもしれないけど、俺みたいな卑しい育ちの人間はさ、父親参観のときの、スーツ姿のお父さんたちがキラキラ光って見えたんだよ。

 そこまでして俺は、真面目な大学生やりたかったのに、なにしろ環境が悪すぎた。毎日神経尖らせてさ――理由はさっき言ったよな? お年頃って言っちゃえばそれまでだけど――目に余る奴らが、俺の周りに多すぎたんだ。ホラ、俺って自称、性格の悪い男だから、ココロが狭くできてるんだよね。
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