そこで俺は、ちょっとしたゲームをすることにしたんだ。鼻に付くカップルをウサ晴らしに引き裂いてやろうって悪意に満ちたゲーム――誰でもいいってわけじゃない、俺にだって多少の好みはあるんだぜ? 恋愛対象としての”タイプ”ってんじゃなくって、単純に”見てくれ”ね。ヤってる途中に萎えちゃうような顔は、ウリやってた時分にお腹一杯になっちゃったんだよ。
 容姿が俺の許容範囲であればどんなカップルでも良かった。狙うのは、オトコの方。どっちかって言えば男とヤるほうが好きだし、そっちを落とすほうが難しいと思うだろ? 簡単にクリアできるようなゲームは楽しくないよ、うん。

 あ、ちなみに俺、セクシャル・マイノリティ云々なんて難しく考えたこと、生まれてこの方一度もないから。だってそうだろ? 愛の存在を信じてない俺が、セクシャリティで悩むわけないよ。結婚する気なんて更々ないし、気持ち良ければどっちでもオーケー。だからって、オトコのが好きです、なんて宣伝して回ったりしない。色々とややこしくなるからね。 

 大学二年の時に必修で一緒だったセイノってのが、ちょっと男臭い感じのイイ男だったんだ。おまけに親が金持ちで、当然、それなりの男にはそれなりの彼女がいるわけ。一年の時に学祭のミスコンでグランプリ取った、自分で”将来はアナウンサー”って大言壮語ブチかましてた――ミホだかミナだか――とにかく、”ミ”の付く女がセイノの彼女。構内で評判のカップルってやつ?

 まずさ、授業でわざわざ隣に座ったり、学食とか購買とか、なにかにつけてセイノにさりげなく近づいた。授業には真面目に出るやつだったから、きっかけを掴むのは簡単だったな。セイノが風邪引いて必修休んだ次の週、ノート見せてやったんだ。
 それから少しずつ会話するようになって、そのうち昼飯一緒に食うようになって、連むようになって――俺はさ、大学ではちょっとしたアイドルだったから、セイノも俺を連れて回すの、悪い気しなかったと思うよ。自称将来アナウンサーがセイノの腰巾着みたいにひっついてるのには閉口したけど。

 セイノは、親の跡を継がなきゃってプレッシャーがあるみたいで、ちょっと歪んだ性格してたんだよね。一緒に酒飲むとさ、そのヘンの愚痴がぼろぼろ出てくるんだ。子供のころからバイクレーサーに憧れてたのに家族に反対されてダメだったとか、父親の重圧から逃げ出したくなるとか――貧乏人にはなんのことやら、聞くだけ時間の無駄って話の数々だったけど、ここは我慢のしどころ、なんでもウンウンって頷いてやったよ。そのうち、「椎名、お前は俺の親友だ」なんて言い出すようになっちゃってさ、親友ごっこが二、三ヶ月続いた。あれは楽しかったな。

 俺の計画は、アナウンサーがいないときを見計らって、セイノを酒で酔い潰して裸に剥いて犯して、その衝撃シーンをタイミングよく彼女に見せてやるってものだったけど――ここで計算違い。なんとさ、アナウンサーが、俺に色目を使い出したんだよ。笑っちゃうよな、彼氏を寝取ろうとしてる男に。
 セイノくんと最近うまくいかないの、とかなんとか。さも悩んでますって憂い顔して、上目遣いで――つまり俺に乗り換えたいって、そういう信号。

 物事は臨機応変にいかなくっちゃね。俺は大真面目な顔で、彼女にこういってやった。「実は俺、前からミ……? ちゃんのこと気になってたんだ」って――で、その日のうちに、アナウンサーとセックスした。
 ゲームは随分簡単になったけど、”親友”に彼女寝取られたセイノの顔がどうしても見たくなっちゃったんだよね、俺。

 売れない小説家に、不釣合いな美人が入れあげたりする話、良く聞くだろ? 貧乏ってのはさ、きっと母性本能をくすぐるんだよ。自称将来アナウンサーの高飛車女が、俺の身の回りの世話をせっせと焼きだしたんだ。バイトから寮に帰ってみると、健気にもメシ作って待ってたりして、”貧乏な椎名くんを陰から支えるステキなワタシ”に、多分酔ってたんだろうな。これには参ったよ。

 彼女には、まだセイノと別れるなって言い含めておいて、関係を続けながら、どうやったら効果的に二人を打ちのめせるか、俺は必死に考えてた。ヤッてるところを見せつけるのは最初から決まってたけど、その過程が問題だよね。ほんの一、二回の関係だったら、気の迷いで済まされちゃう可能性があるだろ? より戻っちゃったりしてさ。

 自称アナとそういう関係になって二ヶ月ちょっとの頃、ここでまた俺の計算違いが起きたんだ。今度はセイノがさぁ、俺を好きって言い出しちゃったんだよ。セイノの入ってたテニスサークルの部室に呼び出されて、いきなりキスされて、「椎名、お前が好きだッ!」……なんてベタなセリフ吐いてくれちゃって――。
 彼女との仲を引き裂いたあとに、ボーゼンジシツ状態の間抜け面を指差して、「ほらみろ、お前らが熱く囁き合ってた”愛”なんて、所詮こんなもんなんだぜ!」って高笑いする日を楽しみにしてたのに、一番面白くない形で、俺の持論が証明されちゃったわけ――まったく冗談じゃないよ。俺の努力はなんだったの? って話。

 それから散々二人に追い掛け回されて、俺はつくづく馬鹿らしくなった。夏休みに入ったのをいいことに、海の家で住み込みのバイト初めてさ、二人の前から姿を消した。
 後期に入っても追いかけられるのは勘弁して欲しかったから、バイト先で適当な娘見つけて、夏休み明けに「彼女です」ってこれ見よがしに披露してやったんだ。冷却期間もあったし、二人とも無駄にプライドが高いから、結構あっさり引き下がってくれて本当に助かった。
 あ、その二日後に、海の家の娘とは別れたよ。

 俺って酷い人間? 自分でもそう思うけど、いいんだ。
 俺はさ、このツラに生まれて随分得してるって自覚がちゃんとある。”男らしい”からは程遠いけど、キレー系の、かなりいい線いってるだろ? 俺はこの顔を武器に、世の中ラクして渡っていくつもり。
 あのね、男も女も、ツラも良くって性格もイイ!……なんて奴いないよ。俺も含めてね。

 ――こんな俺にもさ、聞いてくれる? 去年、ついに勘違いの季節が訪れちゃったんだ。
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