誘ったことをもの凄く後悔したけど、もっと面白い一面を見れるんじゃないかって期待もあって、結局その日、俺は覚悟を決めて牧田と飲みに行くことにしたんだ。

 肴を適当に頼んで、牧田のグラスに両手酌。大学時代まで、人に気を使うなんてこと一切しなかった俺だけど今の立場は新入社員、可愛がられたほうが何かとオトクだから、会社では愛想のいい新人を演じてた。
 タイガースのどこが好きなんですか? とか、近くに美味いラーメン屋知りませんか? とか――必死に当たり障りのない話題を探して、牧田に話しかけたんだ。だのに、相槌すら打たないんだぜ? 完全無視されてんの、俺。
 俺みたいな美人は、チヤホヤされて当たり前。無視されるなんて、これまでの人生で有り得なかった事態だよ。

 俺が頑張ったのも最初の三十分だけ、すぐアホらしくなって……あとは二人で黙々と焼酎のお湯割り飲んで、煙草吸うだけ。会話なし。ハタから見てたら、さぞ怪しい二人組だったろうな。

 二時間くらい経った頃、いい加減、沈黙に耐えかねた俺は「そろそろ帰りましょうか?」って牧田に訊いたんだ。そしたら「次、行くか」……だって。
 ナニそれ? ポッカーン、だよ。

 「だって牧田さん、俺と飲んでも楽しくないでしょう?」――たっぷり嫌味を込めて、そう言ってやった。
 牧田、「俺は十分楽しんでるよ」。

 ……恐るべし牧田、三十五歳。
 この瞬間に俺は、なんで牧田が美人にもてるのか、分かっちゃったんだ。

 牧田ほど無口なヤツの発する言葉って、とてつもなく重い。散々慣れない無視攻撃食らったあとに、その重厚感ある口でさ、君と一緒にいて楽しい、なんて言われちゃったら……。
 心臓撃ち抜かれたような気分だった。俺、夢見心地で二軒目付いてっちゃったよ。行ったところで、ひたすら喋らず酒飲んでるだけなんだけど、さ。

 牧田が、俺の何を気に入ったのか知らないけど、それから金曜には必ず飲みに誘われるようになった。誘われるっていっても、会社ですれ違いざまに六時、七時半って具合に時間指定されるだけ。いつもの店行って、二軒目のバー行って、黙々と終電まで飲んで、ハイさよなら。
 本当にそんだけだってのに俺は、今日こそ喋ってくれるんじゃないかって、毎週金曜日が楽しみで楽しみで――もうすっかり牧田の術中にハメられてたんだろうな。

 ある金曜日に、牧田がまた臆面も無くタテ縞のハッピ着て、社内を闊歩してたんだ。ネットで調べたら案の定、神宮でタイガースの試合がある日で、あ、今日は誘われないんだって――俺は、朝からガックリきてた。
 その日の昼休み、食事から帰ってみたら、俺のデスクの上に見慣れない茶封筒が置いてあった。その中には神宮のチケットが一枚だけ入ってて――もうダメ――俺、狂喜乱舞。完全に牧田に、何かを持ってかれちゃってた。

 試合観終わったあと、どーしても牧田と別れたくなくって、飲みに誘った。基本的に酒は強い方なんだけど、日本酒だけは何故かダメで、すぐヘベレケになっちゃうんだ、俺。
 その時は無性に酔っ払いたい気分だったから、最初っからポン酒でガンガン飛ばした。あっという間に酔い潰れたんだと思うよ。店に入ってからの記憶、まったく無いから。

 翌朝起きてみたら、すぐ横で牧田が穏やかな寝息立てて寝てたんだ。トラ縞のトランクス一枚で。ご親切にも、ツブれた俺を介抱して、部屋に泊めてくれたんだな。
 二日酔いで俺の体調は最悪だったけど、こんなチャンス逃せない。そうじゃなくっても、大学時代と違って性欲処理の相手が近場にいなくてタマってたんだ。

 迷わず、寝てる牧田にキスしたね。舌入れて、口ん中かき回して、同時に手で牧田のペニスを優しく扱いた。いつの間に起きたのか、牧田も少しずつ反応返すようになって――寝ぼけて俺を女と間違えてるんだろうって直感したけど、そんなことかまうもんか。もともと仕事だったからテクニックには自信あるし、気持ち良くさせてやれば最後までイケると踏んでたんだ。……強姦だよね、これじゃ。

 夢中で舌を絡め合わせたあと、身体中の、牧田の感じそうなトコ全部舐めて刺激して、すぐに牧田のも大きくなった。さあ俺の絶妙な舌ワザを存分に味わいやがれッ――ってフェラしようとしたとき、突然、牧田に腕掴まれたんだ。強引に組み敷かれて、すごい眼で睨まれた。ここまでかって観念したよ。

 キスされた。俺が牧田にしたのと同じくらいの、濃いやつ。実感湧くまで時間かかったけど――あぁ、俺、牧田にキスされてんだって、そう思っただけで、触ってもないのに股間はもう爆発寸前だった。カウパーくんがあとからあとから溢れて、止まんないの。旨く言えないけど、脳ミソとペニスがホースみたいなぶっとい神経で直結しちゃったって感じ。
 キスだけでどうにかなりそうだってのに、牧田が――。

 まさに三こすり半。情けないことに、ほんの数秒でイッちゃったんだ。そしたら「椎名、お前早漏か?」ってアイツが――冗談じゃない、俺は愛を知らない男だけど、場数だけは踏んでんだッ――今ならそう言い返せるけど、その時は恥ずかしいのと、初めて名前呼ばれて嬉しいのと、パニック状態れさ、顔真っ赤になるのが手に取るように分かったよ。

 牧田がなんれ俺を抱くのか疑問だったし、どうやら俺が初めての男ってわけじゃなさそうらし……もう金曜日に……誘って貰えないだろうなぁー、とかなんとか……ちょっと冷静になったら、ぐるぐる……ぐーるぐるそんなこと考えちゃって……だけど牧田が……もの凄く上手くってさ、途中からどーれも良くなって……。
 その日一日中、会社が休みらのをいいことに耐久セックス……暗くなるまで飽きずに牧田とヤり合った……気持ち良かったなぁ……。

 ……あ。

 今思ったんだけど……パンダのセックスってこんな感じらろうね……。一年分溜め込んだ精液を……ぜーんぶ吐き出す瞬間って、こんなの初めてぇ~で……きっとさぁ……通りすがりのメスでも、気持ち良過ぎて一瞬で恋しちゃうだろーな……だから牧田とのセックスは良くって……俺、すんろく幸せらったんだ……うん、年一回れもイイかもしれれれ……れ……? ……あ、れぇー……?


「誰と飲んでるか、全然分かってないだろ?」
「ねぇ…もしかして俺…ポン酒飲んら…?」
「大量にね――まったく、語り上戸の酒乱かよ。悪かったな、グンゼの靴下で」
「…気持ち、わりぃ…吐く…」
「外まで我慢しろ。家帰るぞ」
「知ってる…? 牧田って…慣れてくると、結構喋るんだぜ…無口なのはさぁ、すんげぇ照れ屋らから。俺もさぁ…最近、分かったんだけど…」
「…ホラ、立てよ」
「牧田が好き…愛してる…俺んこと捨てたら…ぜってぇ、コロス…」
「分かったから、立ってくれ」
「…動けない…ノドまで…モズクが…きて…」



 翌日、『ポン酒禁止令』が施行された。なんで? って訊いたら、牧田は呆れた顔したあと、お前本当に面白いヤツだなって、笑って――それ、俺の台詞なんだけど。

-end-

※パンダは人間と同じくらい相手を選り好みするそうです。3~4月が発情期。
※ちなみに牧田の下の名前は謙輔(ケンスケ)だったりします。椎名は悠(ユウ)です……って作中で書けよって話なんですが。
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