翌日から、教室の風景はほんの僅かだが変化した。
 青は、相変わらず応援団のような手袋を外すことは無かった。伏せた双眸も、乏しい表情も、昨日のままだった。
 変わったことといえば、休み時間に、寄り添うように皆人が側にいることだ。
 クラスメイトは二人の急接近を怪しんで、噂話に花を咲かせていたが、青も皆人も特に気にする様子は無く、廊下側の最後列でひっそりとしていた。
 時折、皆人の囁きかけに、青が短い言葉を返す。
 皆人の視線をはぐらかすように、青が顔を叛ける。

 結局、三カートンのマルボロメンソールは、皆人が小遣いを叩いて、青からほぼ強引に買い取った。

 皆人は、青を救おうとか、心の傷を癒そうとか、偽善者めいた大仰な目標は持っていなかった。ただ、友人から恋人に、手を握り合うだけではなく、キスを、その先を、密かに望んでいた。
 時間がかかることは、覚悟していた。
「マルボロの俗説、知ってる?」
「さあ?」
「マン・オールウェイズ・リメンバー・ラヴ・ビコーズ・オブ・ロマンス・オンリーの頭文字なんだって。人間はね、本当の愛を見つけるために恋するんだってさ」
「へぇ、そうなんですか」
「三十箱吸い終わったら、俺も煙草やめるわ」
「……好きにしてください」

 煙にくすんだ青色は、清清と澄んだ輝きを放ち出す。
 いつか、そのうちに。

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