俺の両腿にまたがり、屹立した自身を下腹に擦り付けて、新は妖しく腰を揺らしだした。今直ぐに俺を突き上げて欲しい、と全身で訴えている。
「お前……」
「なぁ……。俺もう堪んねぇよ……」
 新は、度々媚態を演じては俺をベッドに誘うが、快楽を求めての誘惑だとは到底思えなかった。 暇な時間を、開いた隙間を必死で埋めているような、そんな行為だ。新を抱きたがる男は星の数だろうに、何故『俺』なのか。
 新が『俺』に求めているものは一体何なのか、興味があった。ドラッグに酔い痴れ、自我を手放した新から答えが見つかるのではないかと、俺は漠然と考えていた。
 ハイに飛べば誰しも性的欲求は高まる。新も、俺に行為を求めた。しかし、今の新は冷めていない。
 グラスの恩恵といえばそれまでだが、熱を孕んだ視線は、『俺』そのものを切に欲しているような錯覚を起こさせた。俺は、湧き上がる歓喜に突き動かされ、気付けば新の唇に噛み付いていた。

 思うままに泳がせ、絡ませあう。新は従順に受け入れ、そして求める。俺の舌を。
 差し出された、唾液に滑る先端を吸い上げるたび、湿った音が鼓膜を擽る。
「……うぅ……ん……」
 恥らうことなく甘い嬌声を漏らす新が、堪らなく愛しい。腰にまわした両腕に力を込めると、新は背を仰け反らしてさらに塊りを押し付けてくる。体の芯が蕩けるような疼きに居た堪れなくなり、俺はジョイントを数本ポケットにねじ込むと、新を抱き上げた。

 新との関係を隠すつもりなど毛頭無い。だが、酔漢共とはいえ、二十人からの目前で新を抱くのは流石に問題だ。まして、目付け役としてこの場にいる数人は、完全に素面なのだ。奴らに新の嬌態を晒すつもりも無かった。
 絨毯の上に転がる泥酔した輩を蹴散らし、新を抱いたまま階下の別室へと向かう。新は熱い息を吐き、俺の首に双腕を絡ませ首筋をきつく吸い上げている。新が俺にくれるものならば、極道に不似合いな間抜けたキスマークでもいい、とさえ考えてしまう己に呆れ果て、俺は嘲笑ともいえる笑みで鼻を鳴らした。
「罪な奴だなぁ、お前は」
 階段を下りる途中、新の頭に鼻を擦りつけ柔らかい感触を楽しみながら、おどけた口調で囁いた。
「……俺、お前が好きだ……頭がおかしくなっちまうぐらい……好きだ」
 俺の肩口に唇を寄せて、新はそう呟いた。
 狐に摘まれたような気分だった。その告白に陶酔できるほど、俺はまだ冷静さを失ってはいない。
 ――だが、今はどうでもいい。俺は一秒でも早く、新の肉を貪り食いたかった。

 新の身体をベッドに投げ出し、圧し掛かる。新は、熱に浮かされた瞳で俺を見つめ、天を仰ぐように両腕を伸ばした。
 ボタンを外すのももどかしく、俺は新のシャツの合わせ目に手をかけると、思い切り引裂いた。露になった白い胸元が、ベッドサイドのほの灯りに艶かしく照らし出され、俺は思わず咽を鳴らした。
 新の両足を割り、太腿で付け根に刺激を与えながら、再びその唇を求める。新は恍惚と舌を味わい、俺の下腹部をまさぐり縛めを解いていく。下肢を暴くと、両手で俺の猛ったペニスを優しく撫で摩り出す。
 舌を躍らせ、口腔の内壁を満遍なく舐りながら、互いの着衣を乱雑に剥いでいく。
「はぁッ……」
 唇を解放すると、新は酸素を求めて大きく息を吸った。充血し赤く染まった唇に、溢れた唾液が滑った光を放つ。
 上気した頬を舐め上げてから、新の感じる箇所に順序良く舌を這わせていく。耳孔を侵し、首筋、鎖骨の窪み――そして強張りを楽しむように乳首に舌先をそよがせる。指の腹で小さな突起を捏ね、腋窩から脇腹にかけて歯を立てる。しなやかに締まった内腿を中心に向かって撫で上げる。
「……や……クッ」
 俺は、面白いくらいに鋭敏な反応を返す新の身体に没頭し、執拗に愛撫し続けた。

 半身を起こし、新の両膝に手をかけ思い切り左右に開く。いつもなら、身を捩って嫌がる体勢だが――新は、片足を俺の肩に乗せ、腰を高らかに浮かせてみせた。
 早く、と俺を急きたてる酷く淫猥な様に、興奮した自身が一段と体積を増すのが分かった。
 誘われるまま、俺は新の中心を丹念に愛しむ。幹を舐め上げ、先端の滑らかな部分を口に含む。唇を窄め括れた箇所を上下に刺激しながら、鈴口に舌先を差し入れた。
「…あぁ…あッ……ん……」
 咽奥から艶かしい声を迸らせる新の腰が、次第に揺らぎだした。首を左右に振り全身を震わせて、限界が近いことを仄めかす。俺は、新のペニスから唇を外し、焦らすように先端だけを舌先で軽く嬲った。
「気持ち、いいか?」
「……嫌だ……はや、く……!」
 野卑な囁きに素直に応える新に、自然と口許が緩む。根元から括れまで強く擦り上げ、俺はそのまま新を絶頂へと導いた。
「あぁッ!……うっ……く」
 ビクビクと上半身を波打たせ、新は達した。断続的に放出される淫らな液体は、俺の胸元を濡らした後、新の下腹部にポタポタと滴った。
 登り詰め陶然とした新の表情に、俺はしばらく酔い痴れていたが――自身の昂ぶりもすでに押さえきれない状態にあった。指で腹部の窪みに溜まった粘液をすくい上げ、新の後腔に塗りたくる。脱力していた体が再び強張るのが、指先の触感から在り在りと伝わってくる。

「新、うつ伏せになれ」
 大きくひとつ息を吐くと、新は気だるげに裸体を反転させて獣の体位をとった。
 後腔に中指を差し入れると、内壁がうねるような反応を起こす。ドラッグのせいかすでに緊張は薄く、新は滑らかに俺の指を呑み込んでいった。ためらい無く本数を増やし撹拌の動きを加える。新は、手をついた先のシーツを強く握り締め肩を震わせた。
 俺は尖りきった自身をあてがい、暫く先端を遊ばせた後、浅く新の中に埋めた。
「……ん」
 焦れた新が、シーツに沈めていた頭をもたげ自ら腰を進めてきた。頃合いを計り、俺は一気に新を貫いた。
「……あッ!――あ、あ、あ」
 抽送に合わせて頭を打ち振り、新が甘い声で鳴く。時折、部屋の外にまで響きそうな高い悲鳴を上げる。背中に刻まれた二枚のカードが、心なしかいつもより鮮やかに浮き上がって見えた。
 新の上体を起こし、膝の上に乗せ抜き差しを繰り返しながら背後からペニスを扱いてやる。達したばかりだというのに、すでに新は張り裂けんばかりの硬度を示していた。間断なく、思うままに新を突き上げる。

 こんな風に、羞恥もプライドも忘れて俺の与える快感に狂う新を――俺は、ずっと求めていたのだ。

「……い、せい……」
 顔を埋めたシーツの隙間から、新はくぐもった声で聞き覚えの無い単語の断片を零している。
「な、んだ?新」
「……んんッ……」
 喘ぐ顔を見たくなって、新の身を仰向けに返した。両足首を高く持ち上げ、再び繋ぎ合わせる。たぎる熱の塊りで、更に深く新の中を侵す。俺の激しい突き穿ちに我慢できなくなったのか、新は手で自身を扱き出した。俺の顔に夢見心地な眼差しを向けながら。
「……あい……せい……―――あぁッ……!」
 新の声が、一層の艶を帯びた頃、俺も限界を迎えた。両手をベッドにつき、ラッシュする。新の腰が跳ねる。しがみつき、双の脚を俺の腰裏に巻きつけ、激しい抽送に耐えている。
「……新ッ……!」
 新は、胸を反らし背筋に痙攣の波動を迸らせた。
 ほぼ同時に俺も、新の中に全てを射ち放った。


「――ハァ、ハァ……」
 肩で息をしながらぐったりと横たわる新を見下ろし、頬を優しく撫でる。
 どうかしている。狂ってるのは、俺だ。
 素気無い情人に、魂ごと持っていかれたような感覚に陥っていた。
 伏せられた新の双眸が、やがてうっとりと俺の顔を見上げた。
「あいせい……」
 腕を俺の首に絡ませる。新が耳元で囁く。アイセイ、と。
 わだかまりの欠片が――少しづつ――俺の頭の中で組み上げられる。
 アイセイ、という単語が男の名だと気付くのに、随分と時間がかかった。
「好き、だ……。愛生」
 快感の余韻で未だ夢境を彷徨っているような眼差しで俺を見、熱っぽく呟きかける新。

『アンタの立端と体付きに惚れたんだよ。テクはねぇけど、教えてくれれば……女になれる』

 新が、俺を『お前』と呼んだ訳を理解したその刹那、血液が煮え滾るほど怒りが一瞬にして総身を支配した。
「この野郎ッ! 殺してやるッ……!」
 俺は、新の細い首を片手で締め上げていた。
「……ぐ、う……う……」
 塞がれた気道の奥から、断続的に犬の唸り声のような音が漏れる。しかし、僅かに開いた瞼から覗く瞳は恍惚としていた。死んでいく快さに浸りきっているような、陶酔した輝きを蓄えていた。俺は更に手に力を込めた。咽からひゅう、と微かに風の抜ける音がした。
 新は一切抗うことなく、眠りに落ちるように静かに瞼を閉じ――そのまま気を失った。


 俺は、愛する男の身代わりでしかなかったのだ。
「……ハハ……ハ」
 無意識のうちに、気の抜けた嗤いが口から零れ出していた。
 あまりにも馬鹿馬鹿しい。
 八年もの間、俺は十も年下の餓鬼にいいように利用されていたのだ。性欲処理の、愛する男の代用品として。
 あのまま絞め殺してやればよかった。躊躇う理由がどこにある?
「――分かりきったこと……じゃねぇか」
 散乱した衣服からジョイントを探り出し、火を点けた。
 深く煙を吸い込み、息を止める。ゆっくりと吐き出す。
 もう一度、グラスの毒を肺一杯に満たす。

 ただ、可笑しかった。絶え間なく笑いがこみ上げてきた。
 俺は、高らかに声を張り上げて笑った。
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