TLS -TRIANGLE & LOUD SEX-

 幼児のように頑是無い笑みを満面に湛えて部屋に飛び込むやいなや、純生は持っていた大きな紙袋をぞんざいに投げ捨て、嵐に飛びつき額を胸元に擦りつけた。
「らん~、会いたかったよぉ」
 数日の滞在ですっかり西洋文化にかぶれたか――否、もともと半分フランス人なのだ。過去に幾度となく抱きつかれてきた、これが純生の親愛表現なのだろうと、嵐は必死に己に言い聞かせた。
しかし相手は小動物とはいえ、表情が、身体が硬直してしまう。なにしろ嵐が光彦に……されてから、わずか十日間しか経過していないのである。未だ生々しい忌むべき記憶は、あれから日がな一日、嵐の神経を尖らせていた。

 嵐は事件以降、光彦から逃げるように、家族に疎まれながらも母屋のリビングに入り浸っていた。母の訝しむ眼差しに耐えかねて、さすがに寝るときだけは自室へ戻ったが、CDを聴くことも、フライングVに触れることも無く、部屋に入るなり布団に潜り込みただひたすら眠りに落ちるのを待った。
光彦に無理やり……された現場だというのはもちろん、なにより神域を穢したような激しい罪悪感に苛まれ、ヘヴィメタの城は嵐にとって斯くも居心地の悪い場所に変貌してしまっていた。

 嵐の全身から迸る張り詰めた空気を敏感に察知し、純生の顔色が暗く翳った。
「嵐? ……どうしたの?」
「……あ、ごめん」
 嵐は腰に回された純生の両腕をやんわり解くと、その場にストンと座り込み、抱え込んだ両膝の間に顔を埋めた。壁中に貼られたポスターから放たれるマイケルの視線が嵐を責め立てているようで、とてもじゃないが顔を上げることができない。
(クソ、自分の部屋だってのに……)
 光彦に腹を立てているのか、痴態を晒した己に腹を立てているのか――もはや感情は混乱の極みに達し、暴れだしたい衝動を抑制するように嵐は歯を食いしばった。

「え……えっとね、お土産買ってきたんだよ。光彦は?」
「知るかよっ!」
 間髪入れずに腹立ち紛れの怒声を浴びせた後、困惑しきった顔で佇む純生を垣間見て、嵐は再びうな垂れ「ごめん」と小声で謝った。
 純生は、出立前に帰国の予定日をしっかり二人に告げていた。光彦も、嵐の部屋で十日ぶりの対面を待っていてくれるものと、当然思っていたのだ。
「喧嘩でもしたの?」
 傍らにそっと膝をつくと、純生は懐疑的な眼差しで嵐の顔を抉るように見た。
 嵐は先ほどの語勢の強さを補うように、
「ああ、ちょっとな」
 意識して穏やかに答えたつもりのその一言は、悲痛な色を滲ませていた。
 ”喧嘩”で片付けてしまうにはあまりに惨憺たる嵐の様子に、純生の表情が険しくなる。

「ねぇね、もしかして光彦に……なんか、された?」
 思わず顔を上げ目を見張った嵐の狼狽を見透かしたように眉を顰め、純生は返答を待たずに問いを続けた。
「ね、酷いこと? 嵐が嫌がるような?」
 光彦にいいように……されたなどと純生に言える訳がない。ただ無言で首を振る嵐の背後から、野太い声が――

「フェラチオ」

 と、代わりに答えた。光彦登場、いつもの如く無駄に威張った態度であった。
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