光彦と純生の視線が交差し、その中心点に壮絶な火花が散った。純生は嵐に向き直るとその両肩をはっしと掴み、前後に揺すりながら、
「嵐、本当にそれだけ? 他にもいろいろされなかった?」
 とさらに問い詰めた。純生の必死な形相に気圧され、嵐は二の句が継げずに素直に頷いてしまった。

 小動物も必要とあらば牙を剥く。純生は今にも飛び掛らん勢いで光彦に詰め寄ると、あろうことかその胸倉を掴み、捻り上げた。
「……約束、破ったんだね?」
 光彦との密事が純生にばれたことへの羞恥など吹き飛んでしまうほど、衝撃的な光景だった。トラにコヒツジが喧嘩を売る、という想像だにしなかった怪しい展開に、嵐は茫然と声を失った。
 光彦が片手で純生の手首を軽々掃う。純生は、毛を逆立てた猫のようにいきり立ち、光彦相手に一歩も引かず、目で威嚇し続けていた。

「酷いよっ! 高校卒業するまで、嵐に手を出さないって……中学のとき二人で決めたじゃない?」
「はぁ? そんなのお前、まさか本気にしてたのか?」
「僕、ちゃんと出発前に念を押しておいたよね? 嵐にヘンなことしないでって。あのとき”分かった”って、光彦言ったよねぇ?」
「ばぁーか、ウソに決まってンだろ? 高校生に下半身の暴走を止められるわけねぇじゃねえか」
「あの」
「それってあんまりだよっ! 嵐の気持ちも考えないで、どうせ無理やり押し倒したんでしょ?」
「ケチケチすンなよ。たかがフェラだぜ? 生殺しもいいところだ」
「ちょっと」
「たかがって……ダメに決まってるっ! 嵐、怯えてるよっ!」
「あー、キャンキャン吠えやがって、うるせぇな。大体、十日も嵐を野放しにするお前が悪いんだろうが」
「聞きたいんだけど」
「やることが姑息だよね。男らしくないよ」
「純生こそ汚ぇよな? 小動物なのをいいことに、なにかってぇと嵐にベタベタ抱きつきやがって。小突き倒してやろうかと何度思ったことか、俺の自制心に感謝しろ」
 下心を見抜かれてか、純生がグッと息を飲んだ。華奢な双腕を嵐の首に絡ませ、光彦をひと睨みすると、
「嵐、怖かったでしょう? 光彦なんて血ヘド吐くまで殴ってやれば良かったのに」
 恐ろしげな台詞を、可憐な唇から純生が吐き出した次の刹那、嵐がポツリと呟いた。

「俺ってホモにもてるタイプなのか?」

 恥も怒りも通り越してすでに忘我の境、嵐の脳内に湧き出た素朴な疑問であった。

「もてるかどうかは知らんが、苛めたくなるのは確かだな」と、光彦。
「……苛めたくなる? 俺、ヘヴィメタなのに?」
「関係ねぇだろ、ヘヴィメタは」
「嵐、カワイイんだもん」と、純生。
「……カワイイ?」
 まさか小動物に”カワイイ”呼ばわりされるとは。というか。
「……純生も、ホモなのか?」
 はにかみ笑いをかみ殺したように唇を引き締めた後、真っ直ぐに嵐を見据えて、
「かどうかは分かんないけど、嵐のことずっと好きだった。友達としてじゃなくって」
 と、純生らしからぬ毅然とした口ぶりで言い切った。

 純生、お前もか。
 お前も俺を、夜のオカズにしてたのか――。

 そう確信した瞬間、かのローマ皇帝の苦しみが感得できた――かどうかは定かではないが、嵐は目を見開き喘鳴ような呼吸を吐いて、絶望の果てに天を仰いだのだ。
「俺に……俺には、友達がいないのか?」
 腹の底から搾り出したような嵐の一声に光彦と純生が罪悪感に苛まれたのもつかの間、互いにそれなりの思慕を嵐に募らせてきたのだ、ここで引くわけにいかない。

「僕と光彦、どっちが好き?」
「俺か純生か選べ、嵐」
 デジャ・ビュ――つい十日前にマイケルと光彦と、俺は選ばなかったか?
「勘弁してくれよ」
 嵐は、声を揃え迫る二人を、放心したように見た。
 純生までがホモだった上、裏切りと同義の告白を受けたのだ。精神の逃げ場を完全に見失った嵐は、魂の抜け殻と化した。

 嵐に気遣うような視線を落とした後、 光彦が無茶苦茶な提案を持ち出した。
「カラダの相性で選ばせるってのはどうだ?」
「僕、経験ないもん。光彦に勝てるわけないじゃない」
 光彦はしばらく考え込んだ末、
「お前は嵐を抱きてぇのか? それとも抱かれてぇのかよ」
 と、珍しくも真摯な面持ちで純生に訊ねた
「だ……抱かれ、たい」
 恥じらいながらも、純生は語尾に力を込めた。
「なんだ。被んねぇじゃねえか」
 光明見出したり、と満面破顔して光彦が言う。
「そういう問題……なの?」
「どうせ二者択一なんて器用なマネ、嵐はできねぇよ。そういう問題にしとかねぇと、互いに泣くハメになるだろうが」
「そう、だね……うん」
 生真面目に悩んだ挙句、『マイケルを選ぶ』と言い出すか、裏切りの代償として二人とも絶縁状を叩きつけられるか――言われてみれば至極当然、嵐に選択権を与える余裕など、今の二人にあろう筈も無かった。

「というわけで嵐、仲良く3Pだ。カラダ繋げりゃ気持ちは後からついてくる」

 嵐は、光彦と純生の共有物となる欠席判決を受けたのである。
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