窓からの逆光に浮かび上がる光彦の巨体が、突然嵐の視界を暗転させた。つい先ほど、トランス状態でぼんやり聞いていた二人の会話を反芻し、嵐の首筋に冷たい汗が伝い落ちる。
「……なんだよ……冗談じゃないぞ……おいっ!」
 またこの部屋で、屈辱に耐えろというのか。
「純生。鍵とカーテン、しっかり閉めとけ」
 忠犬純生は命令にすばやく反応し、部屋に二箇所ある窓のカーテンの合わせ目をしっかり閉じると、ドアの前を塞ぎ後ろ手に鍵を締めた。
「嵐、こないだみたいに暴れンなよ。もう手加減できねぇからな」
 言いながら光彦はカーキ色のボーリングシャツを脱ぎ捨て、嵐ににじり寄ってきた。
 晒された光彦の浅黒い肌に促され、十日前の出来事がまざまざと嵐の脳裏に蘇る。心臓はすでに痛いほどの早鐘を打ち、四肢の末端まで血が行き届いていないような、かつて経験の無い感覚に、嵐は全身を支配されていた。
「……やめろ」
 なさけなくも裏返る声、とてつもなく惨い行為を強要されるかもしれないという恐怖と、一度屈服させられた負の記憶はすっかり嵐を竦み上がらせていた。光彦は口辺に苦い笑みを刻み嵐の前に片膝を付くと、微かに震える顎をクイと持ち上げた。
「す……純生ッ!」
 助けを求めるように純生の名を呼ぶが、
「ごめんね、嵐。……僕たち、真剣なんだ」
 返ってきた答えは、嵐を泥濘の淵に突き落とすものであった。

「ぃ……てぇよッ!」
 光彦に背後から両腕を巻き込むように押さえられ、悔し紛れの声が漏れた。伸ばした両膝に純生が跨り、苦痛に歪む嵐の顔を心配そうに覗き込んでいる。
「光彦、あ、あんまり乱暴にしないで。ね、嵐。大人しくしてるよね」
 光彦一人にさえ、まともに抗戦出来なかったのだ。親友の仮面を脱ぎ捨て、見事なチームワークで追い込んでくる二人に、嵐は抗うだけ無駄のように思えていた。
「ナニぬりぃこと言ってんだ。俺ら、嵐を強姦しようとしてンだぞ」
 十日前、余裕をかましているように見せかけて、光彦とて必死だったのである。レバーに喰らった一発は、浅黒い肌に隠れてはいるがしっかり青痣になっていた。
「嵐、和姦じゃだめ?」
「ふ、ふざけンな!」
 いいわけがない。純生の『お願い』も、さすがに効力を失っていた。

「も、物事には順序ってものがあるだろ? まずラブレター出すとかデートに誘うとか、口説くとかさ……」
 逆上せた頭を懸命に巡らせ出たその場凌ぎの言葉を口走ると、純生は小悪魔的に瞳を輝かせて、睫毛が触れ合うほどに顔を寄せてきた。
「へぇ。嵐、口説かれてくれるの?」
「そ、んなの……口説かれてみないと分かんないだろ。とにかく、こんなの嫌なんだよ」
 薄墨色の瞳に射すくめられたように青褪め、思わず腰を引くと、自ら半身を背後の光彦に預けるかたちとなり、いよいよ嵐の不安と焦燥が頂点を迎える。
「そろってホモなんだからお前らが付き合えばいいじゃないか――なんで俺なんだよッ!」
 聞くなり、光彦と純生は顔を合わせ、やれやれ、と首を左右に振った。
「分かってねぇなぁ……俺は知らんが、純生なんてお前に会わなきゃオトコに走ったかどうかも怪しいぞ」
「知るかよッ! なぁ、冗談だって言ってくれよ純生……!」
 縋るような目で迫る嵐に、純生は苦笑して見せた。
 その途端、嵐はわなわなと震える拳を勢い良く振り上げ、上半身を狂ったように揺すって光彦の腕から逃れようともがいた。
「おい、コラ……暴れんなッ! 純生! 嵐の服、脱がせろ」
 光彦は上腕に筋肉を漲らせ、嵐の両肩をがっしり押さえ込んだまま、素早く背中に右肘を突き立てた。光彦に肩を固定された状態で反射的に身を捩ったのが徒となり、脇腹から腋窩にかけて筋が攣ったような衝撃が嵐を襲う。
「く……うぅ……」
 腕がもぎ取られそうな痛みに、嵐が呻く。しかし怒気を滲ませた視線は、純生の双眸を捕らえて離さない。純生は一瞬、悲しげに表情を曇らせたが、戸惑うことなく嵐のTシャツをたくし上げた。
襟首の伸びきった着古しのTシャツは容易く嵐の頭を潜った。光彦が、弛まった布に結び目を作り引き絞ると、Tシャツは丁度良い拘束具となり、嵐の両腕の自由を完全に奪ってしまったのである。

「僕が先だよね?」
「まぁ――俺が先だと嵐が使いモンにならなくなっちまうからな。譲ってやるよ」
 不機嫌を露わに、光彦が口をへの字に曲げた。
「かか、勝手に順番決めんなッ!」
 嵐の怒声を聞き流し、純生が、着ていたシャツのボタンをひとつひとつ外していく。途中、「見ないでよ」と光彦を責めるような視線を投げるが、
「ケチケチすんじゃねぇよ」と、光彦。
 見るな、と言われても土台無理な相談である。3Pなのだから。
 やがて、ハラリと細い肩からシャツが脱げ落ちた。日本人のものとは明らかに違う、漂白した上質の絹に薄桃のインクを滲ませたような白肌が、カーテンを閉め切った暗い室内に艶かしく浮き上がった。嵐は見るまいと俯いていたが、光彦は「へぇ」、と素直に感動を吐き出す声を上げた。

 あばらが浮き上がる嵐の薄い胸に、純生が慈しむように両手のひらを這わせると、嵐の頬が悔しさのあまりみるみる紅潮していった。だが、光彦に見せた涙を、純生にまで披露するほどプライドを失くしたわけではない。
「嵐……きれい」
「寒いこと言うな!」
 キレイ、と賛美されて『ありがとう』と返す嵐では無い。
「お前らのこと、絶対許さないからな」
 侮蔑を込めて吐き捨てる嵐に、
「嵐が悪いんだよ。全然気づかなかった?」
 万事心得た上だと言わんばかりに純生は華やかに微笑んで見せ――そして嵐のジーンズの合わせ目に指をかけた。
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