光彦は一番の標的である性器にその後触れようとしなかった。間断無く肌のあちこちに指や舌を這わせる光彦の手管に、幾度も中途半端な射精感が嵐を襲う。しかしその気配を察知すると、光彦はたちまち指の動きを鈍らせてしまうのだ。
 ともすれば嬌声を上げ身悶えてしまいそうな嵐の、理性の決壊を既に防いでいるのは”純生に見られている”というその一点だけであった。

「もういいんじゃねぇかな……純生、お前初めてだろ? 慣らさないと入ンねぇぞ」
「……慣らす?」
 怪訝に首を傾げる純生に、光彦がわざとらしい呆れ顔を作って見せる。
「本当に何も知らねぇのかよ……ローションみてぇなの、無いか?」
 純生はくるりと室内に視線を巡らせ、
「日焼け止めならあるよ」
 と、CDコンポの傍らに置かれた乳白色の液体が入った小瓶を指差した。持って来い、と純生に向け顎をしゃくると、光彦は嵐の身体を絨毯の上にそっと横たえた。
 肩で息を切りつつも開放された安堵感からか、嵐は、半ば意識を手放したかの如くグッタリと全身の強張りを解いた。

「自分で出来るか?」
「……わけないじゃない」
 純生がキッと光彦を睨む。
「やってやろうか」
 含蓄ある笑みを浮かべる光彦に、純生は更なる冷ややかさを宿した眼を向けるが――逡巡したのはほんの数秒であった。


「……いたッ……痛いよ、光彦」
「我慢しろ。本番はこんなもんじゃねぇぞ」
「うぅー……ッ!」
 仰け反る半身を抱き込んでさらに深く指先を侵攻させると、純生は痛みを懸命に遣り過ごそうと光彦の首に縋り付き、肩口に噛み付いた。
「テッ……ぇなぁ。だから前も良くしてやるっつてんだろ? ラクになるぞ」
「い……いや、触らないで。嵐以外に……触られたくない……」
 陶酔に浸る余地もない、内壁を押し開く圧迫感に苦しさが先に立ち、実際、純生自身は興奮から程遠い状態であった。
「痛いばっかりじゃつまんねぇだろうが」
「あッ」
 光彦の舌先が純生の乳首を掠めた。と同時に、光彦が腰に回していた腕を解き、軽く純生の中心を扱き上げる。意表外の攻勢に全身の肌を粟立て、純生の腰が跳ねた。
「やッ……いや……んんッ」
 体内を攪拌される違和感と、火柱が噴き上がるように背筋を貫く直接的な刺激は、純生の抵抗する気力を一瞬にして奪う。光彦は続けざまに純生自身を弄った。
「な? ラクになったろ? ……コラ、力抜けっての」
「……そんな、無理……いたぁいッ!!」
 光彦がほぼ強引に二本目を差し入れた刹那。
 時ならぬ純生の叫声に、虚ろに視線を彷徨わせていた嵐の意識が呼び覚まされた。
「な……に……」
 華奢な体躯を無防備に晒して打ち震える純生、光彦の指先の行方は――?
 なにがどうして、こんなことになっているのか。呆然と目を見開いて二人の行為を眼窩に映していた嵐だが――未だ硬度を失わず疼き続ける自身の部位に気付き、突然の羞恥に強襲された。嵐は、勢い良く両膝を折りたたみ身体を小さく丸め込んだ。
 その狼狽に気付いた光彦が言う。
「ほら、嵐が萎えちまうぞ。もう大丈夫だろ?」
 眉根を切なげに寄せながらも薄く目を開いて嵐をうっとりと見、純生は、コクリと頷いた。

「やめろッ! やめてくれッ……!」
 暴れる嵐の身体を絨毯に押さえつけ、
「俺ってココロ広いよなぁ」
 しみじみ光彦が呟く。嵐の首筋に数回のキスを落とし、愛おしげに金髪を掻き揚げる。光彦は最後の仕上げとばかりに焦らし続けた箇所を激しく掌で嬲り――嵐を、純生へと導いた。

「あッ……く……」
「うわッ……やめ、ろ……!」
 純生と嵐の声は交錯し、次々と防音壁に吸収されていった。内側から裂けるような苦痛に、純生は自らの胸をかき抱いて懸命に耐える。だが、緩々と腰を落とすのを止めようとはしなかった。

「い……痛くて、動けない……」
「そうだろうなぁ」
 呑気に相槌を打つ光彦に苛立った様子で、
「ひ、他人事だと思って!」
 意地になった純生は涙目を擦り、微かに腰を波打たせた。
「純生、動くなッ……!」
 嵐の喉奥から悲鳴にも似た一声が迸る。
 光彦の手淫によって強制的に引き出された鋭利な快感とは異質なものだった。脈動しながら全体を締め付け、押し包む――まるで侵食されていくような感覚に、嵐は総身を悶えさせた。
 首を打ち振って耐える嵐の切迫した様が、二人の興奮を煽り立てる。快感の度数を推し量るように嵐の表情を覗き込む純生の瞳は、愛すべき対象と身体を繋げた喜びを色濃く湛えていた。
 拙いながらも必死に嵐を極まりへ導こうとする純生を見かねて、光彦が色付いたその中心に慰撫を施す。純生の内腿が痙攣を起こしたように戦慄き、その振動が嵐へと伝達する。
「あ、くぅ……」
 純生が昂ぶるにつれ、嵐自身もきつく締め付けられる。光彦が頃合いを計り、一気に純生を絶頂へと誘った。
「あああッ……!」
 ほぼ同時に、兆しが訪れたのか嵐は自ら妖しげに腰を揺らめかせ――その思考は今、完全に宙へと飛散した。
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